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私と英語との出会い

今日は私自身のことについて少しお話ししたいと思います。

いくつかの記事に分けておうち英語との出会いや
このサイトを作ろうと思った理由もお話しできたらと思っています。

興味のある方はお付き合い頂けたら嬉しいです。

まず私と英語との出会いは小学生の頃。

ある日、我が家に英語教室の勧誘に営業の方が来ました。

簡単なゲームやデモレッスンを体験した私はすぐさま母に行きたい!!
とせがんだ記憶があります。

そして近所の英会話教室に通うことになりました。

先生は日本人の女性の方でした。

レッスンは遊びに行くような感覚で楽しかったです。

毎回レッスンの始まりは挨拶・月・日・曜日・お天気・気分などを
リズムをつけて発声し、そしてその日のテーマフレーズを
ゲームを通してやっていくような感じでした。

言葉を覚えるというよりは歌や遊びから自然に身につけていったという感じでした。

そのリズムは今でも覚えています。

イースターやハロウィンなどのイベントの存在もそこで知りました。

何度かテスト(おそらく児童英検)を受けたこともあります。
合格の賞状をもらいとても嬉しかった記憶があります。

残念ながらその英語教室は移転することになり
通うのに遠くなってしまったので途中で辞めました。

中学生になると英語の授業では他の子よりも
知ってる話せる事から得意な科目になりました。

英語の成績は常に良く発音を誉められる事も多かったので
私の中で大きな自信へと繋がりました

洋楽も好きで当時はBack Street Boysにハマっていて(AJが大好きでした)
毎日毎日BSBの曲を聴いていました。

歌詞カードにカタカナで読み方(聞こえたままの音)のルビをふったり
歌詞の意味を調べ歌詞カード見なくても歌えるようになってました。

BSB以外の洋楽もたくさん聴いていました。

いつしか外国への憧れが強くなっていて、
外国人の方と話したい!留学をしたい!と思うようになり
高校生の時には1ヶ月オーストラリアにホームステイに行きました。

たった1ヶ月でしたが憧れていた外国へ行けたこと、
そこで生活し色々と感じ体験したことは
何ものにも代え難い経験となりました。

その後、外国語を学べる大学へと進学しました。

しかしながら外国語を学ぶモチベーションが維持できたのはここまで。

大学に入ってからの授業は難しく、
課題をこなすのに必死で楽しむ余裕は全くなく

ディベートの授業は自分の意見を発するどころか
息を潜めて周りのやり取りを見てるだけでした。

第二外国語をメインで学ぶ学部でもあった為、
他でも単位は取れたので卒業はできましたが、

英語に触れる機会がどんどん減っていき私の英語力は伸びるどころか下がる一方、
今考えても高校生が一番最高レベルだったと思います。

就職も語学とは全く関係のない職に就きました。

かつて客室乗務員になって世界中を旅したいと
思っていた自分はどこへいってしまったのだろう?

もっと知りたい!学びたいと思っていた情熱はいつしか消えてしまいました。

ですので英語は話せるわけではありませんでした

しかし外国語大学を卒業してると言えば「英語話せるんだ!すごいね!」と言われ、
発音がいいと【話せる人風】に聞こえるようで「英語話せるのカッコいい!」となり、、

「英語は話せないんだよ」と言っても謙遜しないでーとなり、

外国語の大学を出てるのに言いたい事を英語で言えない、
発音はいいのに大した事を話せない自分に
コンプレックスを感じるようになっていきました。

次の記事に続きます。⇒ ⇒ 

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